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<転載>「さらば御用審議会」開催のお知らせ [市民運動]

日々、親子で楽しみながら格闘しているうちに、更新がすっかり滞ってしまいました。まだあまり時間が取れないのですが、とても興味深い会合の案内が届きましたので、取り急ぎ転載します。何と22日土曜日と日が迫っていて、私は参加することができません。東京周辺の方、ぜひご検討ください。

いまの政治に疑問を抱く市民にとって、どうにも不可解な存在である「何とか審議会」。案内文にもあるように、どういう経緯でメンバーが選ばれたかもはっきりしないまま、ある日突然、審議会から法案が降ってきて、私たちは驚き慌てて反対運動をするものの、与党の数の力でそのまま(もしくは微修正されて)立法化されてしまう。ここ数年、何度も何度も同じパターンが繰り返されてきました。

教育で言えば中央教育審議会や教育再生会議などでしょうか。本当に理不尽で悔しい思いをしました。その「御用審議会」について、弁護士の日隈一雄さん(ヤメ記者さん)が現状と抜本改革策について講演してくださいます。もう少し近く日が合えば駆け付けたいものです。

以下、転載です。

〜〜〜
第7回 草の実アカデミー講演会
さらば“御用審議会” 〜審議会を抜本改革する方法〜

2009年8月22日(土)
講師 日隅一雄弁護士
日時 2009年8月22日(土)
13時30分開場 14時開始 16時45分終了
場所 穏田区民会館会議室
    地図http://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_onden.html
    渋谷区神宮前6−31−5 電話 03−3407−1807
    JR原宿駅 徒歩6分
東京メトロ千代田線 明治神宮前駅 徒歩2分
   都バス[池86][早81]系統「表参道」 2分
資料代 500円(会員無料)
主催 草の実アカデミー
【問い合わせ先】 草の実アカデミー
           Fax 03−3916−2676 
           Eメール kusanomi@notnet.jp

8月22日(土)さらば「御用審議会」〜審議会を抜本改革する方法

災害と審議会報告は、忘れなくても突然やってくる。
 ある日突然、とんでもない法案がマスコミを通して発表される。
人権や民主政治を求め、平和な社会を築こうとする人々は、
あわてふためくことになる。
「とんでもない法律だ」
「あまりにも、ヒ、ヒドイ!!」
「いくらなんでもこれは・・・」
と右往左往し、反対運動を展開することになる。
 審議会の報告書がお墨付きとなり、法案や制度案が作成され、
たとえば国会であっさりと法案が可決される。自民党・公明党の
独裁に加え、第二自民党的な民主党が形ばかりの修正をして可決
されてしまう。こんなことをずっと繰り返してきた。
闇の中の審議会(なんと、900分科会!!)
 原因はさまざまだが、見逃せないのは、約900(分科会)の
「審議会」である。役人や政治家の息のかかった御用学者・
御用評論家などが軒並み参加し、権力に都合のいい法案や制度を、
あれこれ屁理屈をつけて押し通す。いい意見を言う審議会委員
がいても官僚主導になる。もちろん、きちんとした専門家が
審議会委員になることもある。
 市民はおろか、有権者に選ばれた国会議員でさえ、まともに
関与できないまま納得のいかない政策が決定されてしまうのである。
東京都などの地方自治体でも同じ傾向がある。どのような理由で、
誰が委員を指名し、審議会で誰がどのような発言をしているのか・・・。
このようなこともベールに包まれたままで私たちは知ることができない。
すべて明らかにせよ。
 このような問題をオープンにする制度がイギリスにある。
それは「公職コミッショナー制度」というもので、政策に
かかわる審議会などを透明にする制度である。公募し、
選考基準を明らかにし、公募の合格と不合格の理由を明らかにし、
プロセスを明らかにする。これを制度化したものだ。
 この問題に詳しく、英国の制度を翻訳『審議会革命』
(現代書館 1000円)した弁護士の日隅一雄氏に講演していただく。
 実は、今年(2009年)2月に同じテーマでシンポジウムが
開催された。しかし、これだけ重要な課題なのに世間には
まだ伝わらず、マスコミでは大きく取り上げられない。
本来名ら野党がマニフェストに取り入れ、それこそ審議会改革
の新法案をつくるべきだ。そこで「草の実アカデミー」は、
しつこく追及したいと思う。
8月22(土)は、原宿の「穏田区民会館」で話し合いましょう。

【問い合わせ先】 草の実アカデミー
           Fax 03−3916−2676 
           Eメール kusanomi@notnet.jp
〜〜〜
更新をさぼっていたので、この記事を読んでくださるのが当日以降になる方もいらっしゃると思います。それ以前に目を止めてくださった方が一人でも多く参加していただけますように。



「親子で新聞を読もう」という記事に対して [メディアの姿勢]

のっけから言い訳っぽいですが、最近何となく雑用が多くて、しっかりとした構成の記事を書く余裕(精神的>時間的)がありません。このブログもどこかに投稿した短い文章の転載が続いています。それでも「小さな行動を起こした」という記録にはなるかもしれませんね。というわけで、今回は毎日新聞「記者の目」にコメントした文章です。

このブログでも何度か、新聞、TVに対するもの足りなさや、将来的な不安を書いてきました。最近のメディアで目立つ、批判精神の薄弱な表面的な報道が国民、特にこれからの世界を生きる若い人たちに及ぼす影響についてはいつも心配しています。

ところが、昨日ネットに掲載された毎日新聞の「記者の目」を読んで、そののんきさ、部外者の一市民でさえこれほど悩んでいるのに、当事者側の問題意識の希薄さにたいへん驚き、つい意見を投稿してしまいました。

以下がその記事です。「記者の目」は主に若手記者が順番で書いているようで、時には若い記者ならではの新鮮な視点で鋭い指摘のものもあり、しばしば覗いていますが・・・。

〜〜〜
記者の目:だから子どもと一緒に新聞を=森忠彦

 ありがたいことに、最近、小学生向けに発行している「毎日小学生新聞」への問い合わせをよくいただく。

 私たちが暮らす新聞業界全体は、年々顕著になる活字離れ、新聞離れに悩まされているが、「子どもにはきちんと新聞を読ませたい」という読者は増えているように思う。編集部にいただく電話で保護者の方(大半はお母さん)と毎日お話をするが、よく言われるのが「子どもに一般の新聞を読ませても読まない。実は私も難しくてよくわからない。子どもに説明できない」というご相談である。

 恐らく、多くの一般読者が毎日新聞をはじめとした日本の一般紙に持っている率直な印象ではないかと思う。現代が複雑怪奇で、かつ情報量も膨大ということもあるだろうが、新聞離れが進む理由の一つには、私たちが書く記事が専門的になりすぎ、時には「読者にわかりやすく」という基本を忘れてしまっていることもあるのだろう。

 毎日新聞の場合はそうした反省もあり、「なるほドリ」や「ニュースナビ」のように、事件や現象が基礎からわかるような解説を載せる紙面改革を進めてきた。かなりわかりやすくなったと思うが、それでもなお、お母さんたちの「子どもに十分説明できない」という声はなかなか消えない。中には、正直言って子どもに読ませたくないようなニュースもある。

 そういう状態だからこそ、やはり、子どもには子どもの目線でとらえるようにしている「子どものための新聞」の存在意義があると信じたい。まずは、こうした媒体があることを知っていただきたい。

 それにしても、子どもに新聞を読ませる家庭がどうして増えているのか。

 一つは、最近の中学、高校などの入試問題で、時事問題を使った出題が増えているためだ。例えば、今春の埼玉県内のある中学入試では、麻生政権になって直後に辞任した大臣のことが出題された。さあ、どれほどの大人が答えられるだろう?

 さらに、今春から小学校でも先行実施が始まった新しい学習指導要領で「授業の中で新聞を読む」という項目が加わったことだ。すでに多くの学校で新聞を教材にした授業が進んでいるが、今後はさらに踏み込んだ形で社会や理科、国語の教材の一部として活用される。大人では新聞離れが進んでいるが、子どもの世界は逆に動いているのだ。

 こうした動機はともかくとして、子どもたちに小さなころから社会への関心を持たせることは重要だと思う。小学生といえども、今の時代を生きる日本人の一人として、あらゆる社会現象にかかわって暮らしている。そのことを常識の範囲内で認識させるのは大人の責任だし、特に家庭の中で重要な役割を担っているのが父親だろう。

 先日の父の日に合わせて父子関係を尋ねたインターネットのアンケート(ニフティ)の調査結果がある。「休日に子どもと過ごす時間は?」に一番多かったのが「30分~1時間未満」15%。次いで「1~2時間」「2~3時間」とともに「0分」が14%もいた。7割の人が3時間未満だった。「会話する時間が持てない」(40代)という事情はわかるが、中には「共通の話題がない」(30代)という人もいた。

 この共通の話題を、あまり難しく考える必要はないと思う。必ずしも、子どもたちが好きな流行番組やゲームを知らなくてもいい。塾の問題が解けなくてもいい。子どもが父親に期待しているのはそんなことではない。父親が体験を通して話してくれる何かを待っているのではないか。

 例えば、追悼の波が広がるマイケル・ジャクソンさんの思い出でいい。間近に迫った衆院選挙って何?でもいい。この度の定額給付金で、子どもに大人よりも多い2万円が支払われたことの意味も一緒に考えてみてほしい。父親なら、自らの経験で今の不景気と、その中で支払われる給付金の意味が語れるだろう。

 こうしたことこそが、まさに生きた教材、教育なのではないか。学校や塾に任せず、社会のことは親がきちんと自分の体験と言葉で伝える。そのきっかけとして、子ども向けの新聞を教材にしていただけると、さらにうれしい。

 近年、教育現場で「PISA」(国際学習到達度調査)という言葉がよく登場する。単なる知識の多さではなく、物事の本質を理解し、考え、どう解決(実行)に移すかの力が問われる時代だ。私たちの世代はこうした方針で育てられることは少なかったが、だからこそ、子どもと一緒にその力を育てていきたい。

 間もなく夏休み。子どもたちは手ぐすねひいて待っています。たまには仕事よりも、子どもとの時間を優先しませんか。子どもにとっての一番の教師は、何よりも、身近な生身の大人のはずだから。

〜〜〜
これを読んで次のような文章を投稿しました。ちょっと白黒つけすぎで毎日新聞に厳しい要求をしているのかもしれません。いまのところ、わが家は新聞に幻滅して全国紙も地方紙もとっておらず、隅々まで読んだ上での批評ではないので的を射ていない箇所もあるかもしれない・・・とも思っていますが、全体的には日々考えていることです。

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消費税について自治体の首長へのメール [福祉国家へ]

私の住む自治体の首長は、市民派というか超党派のカラーを強く出して当選した方です。ムダな公共事業の中止を決定したりして、その点では評価していたのですが、保守会派にも「心配り」をした議会運営に一抹の不安も覚えています。

ところが、昨日の地方紙のネット版で「財源確保や消費税がタブーでよいのか」として、消費税率の引き上げをマニフェストに明言した政党を支持すると発言したとあり、たいへん驚きました。私はいくつもの条件をクリアしたあとの消費税率アップには必ずしも反対ではないのですが、いまのマスコミの論調のように「始めに消費税アップありき」の単純論法?には大反対です。

消費税関連の記事では大脇道場さんや村野瀬玲奈さんのブログに共感を覚え、また勉強させてもらっています。そこで、「個人行動派」の私としては放ってはおけないと、あわてて首長にメールを送りました。先方の字数制限が厳しく半分以下に削らなくてはならず、意を尽くしていませんが以下のような文章です。

〜〜〜
無党派でKさんに投票しました。新聞で消費税増税についてのご意見を読んで驚きました。

税体系を考えて国民、特に所得が低くて生活が苦しい人たちのためになるような制度を設計するべきだと思います。遺産相続した株を処分しましたが、株式譲渡益については「わずか」10%の課税の上、分離課税という恵まれた制度が適用されていることを知りました(ブログ注:親族がバブル後期に買った株がほとんどで、私は大赤字で売りましたので、税金払っていません)。法人税は下がる一方で、世界的にみても決して高くないと聞きます。所得税の最高税率も以前のように戻したらいかがでしょうか。

欧米では消費税が高率で・・・という議論は聞き飽きました。ほとんどの国で生活必需品は非課税にしたり、三段階くらいの税率を定めています。そういう配慮もなく、逆進性の強い消費税「のみ」を増税のターゲットにすることには納得ができません。税体系全体に踏み込んだ意見をおっしゃらない限り、残念ながら次回選挙で支持することはできません。

〜〜〜
最後の文、ちょっとこわかったでしょうか。ともかく、国民全体のなかに、「これだけ国が赤字なのだから、消費税があがってもしゃあないなあ」というムードが作り出されていっているようで、おそろしいです。




定額給付金の申請に同封して [福祉国家へ]

もう一カ月以上前のことになりますが、定額給付金の給付申請をしました。「なんちゅう政策やねん」と憤慨しながらも、「でも私が辞退したって、納得のいく使い道をしてくれるわけでもなさそうだし・・・」と考えて受け取ることにしました。

でも思うところは一言言いたい!本当は中央政府や与党に直接言うべきで、地方は決められた通り事務作業をしているに過ぎないとは思いましたが、取りあえず申請書に手紙を同封しました。地方公務員の友人がいますが視野が広く良心的にものを考えています。仕事で接する地方公務員の方々でも、世間一般が抱く典型的な公務員のイメージ通りの人も見受けられますが、その専門知識によって一般市民よりもずっと的確に問題点を把握している人も確実に存在するので、「一市民の声」を届けることは微々たるものですが無意味ではない(かもしれない)と考えました。

次のような手紙を同封しました。

〜〜〜
このたびはお手数をかけます。
定額給付金の申請をさせていただきます。
しかし、政策として考えた場合、決して賛成はしておりません。

・ 最も困っている分野や人に集中的に配分されるものではありません。
日本の教育や医療への予算は先進国でも最低レベルにあります。母子家庭では貧困のために高校や大学への進学をあきらめる人もいます。またいわゆる派遣切りでその日の生活にも困っている人がいます。一律に給付するのではなく、そういう分野に重点的に予算をつけるべきだと思います。

・ 一回限りの給付でシステムをかえるものではありません。
上述のように、日本の教育、医療、福祉は財源不足のため現場はあえいでいます。一つでもいいのでシステムを変えて、先々まで国民が幸せになれる政策を選択するべきでしょう。一回だけ、しかも諸外国と比べて金額も少ない給付金という方法は非常に姑息だと思います。

いただいた給付金は、少ない補助金で頑張っている団体に寄付する予定です。

日本の所得再配分効果は先進国で最低レベルです。
どうか地方から政治の流れを変える動きを起こしてください。
お忙しいところ失礼しました。

〜〜〜

このクレームにもかかわらずそれから一カ月くらいして給付金は無事振り込まれました(当たり前か?)。shiraさんのブログのコメント欄にも書かせていただいたのですが、当初からの夫の発案で、夫婦の分はきのくに子どもの村学園に寄付しました。小規模な私立学校なので、「経営は健全」だそうですが「非常に余裕がある」とも言えないようです。何よりも公立よりは(たぶんだいぶ)少額の給料で頑張ってくださっているスタッフの方々には感謝してやみません。

それはさておき、きのくにについての思い入れは私がずっと先行していたのですが、昨年のサマースクールあたりから夫がグングン追い上げ、とうとう寄付まで言い出してくれました。嬉しいです。このまま家族三人、楽しい学園生活を送りたいものです(親も入学した気になっていますので(^^;))。





きのくにブログを作りました [きのくにブログを作りました]

リアルな世界ではたいへんなことが次々起こり決して明るさは見えないのですが、いま私が書きたいのはやはり「きのくに」についてです。

政治や社会システムについてもこれまで通り考え続けていきますが、私がブログに費やすことのできる時間は限られていて、政治ブログは一休みというところです。

そこできのくにを中心としたブログと、これまでのように硬派な政治、社会問題を扱うブログをわけることにしました。

当分はきのくに保護者のブログ(仮)の更新が多くなるかもしれません。よろしかったらこちらにもおいでください。



1年生たちの決める力 [きのくには楽しい]

みなさん、「キンパ」「トッポッキ」ってご存知ですか〜?先週の帰宅時に、子どもが「学校で作ったよ!」というのですが、親は二人とも何のことやらわからず首をひねるばかり・・・。子どもの断片的な話と料理名の語感からして、どうも韓国料理みたい。ネットで調べてみました。

おいしいもの好きや韓国に行ったことのある方は知っておられるかもしれませんが、
キンパは韓国風のり巻き、トッポッキは韓国の餅であるトッキの煮込み料理だとわかりました。

そうです。うちの子はきのくにのプロジェクトで「おもしろ料理店」を選びました!テーマは「料理を通して、自分たちの生活を楽しむ」ということで、多少大人的にまとめれば、「料理」を切り口にした文化研究でしょうか。料理を作ることを楽しみながら、昔ながらの料理を地元の人に教えてもらったり、お茶、味噌などを手作りしたり、さらには焼き物で食器を作ったり、エプロンなど布製品まで作ってしまおうということのようです。

さらに今年は、韓国に留学して向こうの大学を卒業した若い先生(きのくにでは先生とは言いませんが、取りあえずここでは先生で)が料理店の担当になったため、はやくも韓国料理ブームが起こっているようです☆

小学校には5つのプロジェクトがあり、どんなことをするかというパンフレットが入学前に送られてきました。「私だったら劇団かファームかなあ」「やっぱり工務店は経験したい。でももう少し上級生になってからがいいかなあ」「あっ、新しくクラフトセンターができたのね」と、親の方が大盛り上がり!子どもは一言「お料理作るのに入ろうかな」。「それもいいねえ。入学していろいろお話聞いて決めたら〜?」「うん、そうする」。

こんな感じで入学し、たぶん1週間くらいおためし期間だったようですが、子どもはやはり「おもしろ料理店」を選びました。サマースクールの時も行く前から興味を示していた「そめものやさん」だったし、もしかしたらうちの子は「初志貫徹型」かもしれません。普段の生活でもかなり頑固さんだしね。

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毎日、寂しいけど幸せな母です♪ [きのくには楽しい]

すっかりブログは休眠していました。気がつけば、あーっという間に4月もおしまい。
子どもは無事にきのくに子どもの村小学校入学しました♪
金曜夜〜月曜朝までの帰宅も2回経験し、親も子も少しペースができてきたかなというところです。

子どもがいない平日は予想通り寂しいのですが、先日にはその寂しさを見越して企画してくださったような、保護者会の懇親会がありました。ところで、きのくににはPTAはありません。そのかわりTeacherの参加のない(協力し合ったり一緒に楽しむことはたくさんあるようです)保護者会が活発に活動しています。

その名も「ひこたにプロジェクト」といいます。ひこたには学校のある地区名で、きのくにの目玉である子どもたちのプロジェクトに負けないような会という意味でしょうか?保護者会のネーミングからして、「きのくに」していて、ワクワクしてきます。

今回の懇親会は、新入生や転入生の保護者の不安を軽くしてあげよう、そしてみんなで楽しもうという主旨のようで、その名も「きのくにのことがわかる夜(よ)」(楽しそうでしょう(笑))。帰りの電車の時間を気にしながらも、話は尽きず帰りたくなくて自分で決めていた予定を30分もオーバーしてお喋りしてきました。

ひこたにプロジェクト(略して、ひこプロ)ではメーリングリストでの情報交換も活発で、毎日のように楽しいメールが入ります。

まみさんのブログで紹介していただいた「自由学校の子どもたち きのくに子どもの村のおもしろい人々」も毎晩少しずつ大事に読んでいます。http://kinokuni-daisuki.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-48f7.html

学校から毎週もらってくる手紙を読み返したり、手元にある「きのくに子どもの村通信」(年5回発行、内容濃いです)を眺めたり、きのくにに浸っている毎日です。

さて肝心の子どもはと言えば・・・。
帰宅時にはハイテンションで楽しそうにいろいろ話してくれますが、寮の夜は(特に雨や風の夜)ちょっと寂しいそうです。1週目は1回、2週目は2回、ベッドのなかで泣いたと言っていました。でもそれ以外の時間は、どうも平気で過ごしているようで、寮には公衆電話がありテレフォンカードを持たせてかけ方も教えておいたのですが、入学以来1回もかかってきません(^^;)。

私よりも寂しがっている夫は毎晩、毎晩、「今日こそは・・・」と電話を待っているのですが、ぜ〜んぜんです。

私は志村建世さんの少年時代からヒントをいただいて、「そうだ!子どもと交換日記をしよう」と思い、寝る前にちょこちょこっと子どもにあてて短いメッセージを書いています(子どもにも自分で選んだノートを持たせています)。それを載せて間接的に子どもと学校のことを書こうと思うのですが、近況報告でスペースが埋まってしまいました。日記の紹介は次回からとします☆

ちょっと寂しいけれど幸せな、きのくに保護者ライフが始まりました!



「保育園最後の・・・」の日々 [子どもの世界]

ポカッと時間が空いたら更新しようと思っていたのですが、ちっとも時間が取れません。今日も仕事を抱えているのですが、子どもの保育園生活の記念に一つだけでも記事をアップしておこうと思います。

うちの子はいま通っている認可保育園が大好きです。私としても、違和感はあまり大きくありません。きっちりしたものではありませんが制服があったり、決まり事はそれなりにあるのですが、どちらかと言えばのびのび保育です。担任の先生も子どもたちの姉貴分という感じの人で、現場での規則運用がそれほど管理的ではないのです。

「堅苦しいなあ」とか「ちょっとこれは・・・」とか思うことも多少はありますが、月に1回くらいでしょうか。宗教が母体にあるせいか、世の中の(いやな)風潮がストレートに入ってきていない感じもします。

そういうわけで楽しい園生活を送っていたのですが、新年になってから「保育園最後の・・・」という行事がどんどん増えてきて、何だかとても寂しいです(^^;)
保育園最後の・・・
  遠足
  発表会
  お誕生会
  お弁当日
  スポーツクラブ
  お出かけ
  散歩
  希望保育
  製作
  おやつ作り
  外遊び
  保護者会役員会

一昨日には2年間園に置いてあったピアニカを持って帰りました。
昨日は一年間に作った絵や切り絵を子どもたちが、ファイルしたそうです。
そして、いよいよ卒園式&謝恩会が迫ってきました。
  

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子どもたちを殺さないで! [戦争と平和]

年末から知人やメーリングリスト経由でガザ地区の様子が文章や動画で入ってきます。小さな子どもの遺体などは胸がふさがれるようで直視できなくなります。知人からの「死んだパレスチナの子どもたちにも名前がある」というメールで、一人ひとりの名前や家族構成など読んでいると涙が出そうです。

ガザで亡くなった子どもたち、イラクやアフガニスタンの犠牲者、そしてソマリア、シエラレオネを始めとするアフリカの最貧国、さらに先進国でも事故、虐待、病気などで幼くして亡くなっていく子どもたち。天国にいる子どもたち全員にこの曲を贈りつつ祈りたいと思います。

エリック・クラプトンのTears In Heavenhttp://jp.youtube.com/watch?v=VRsJlAJvOSM")。

お正月kimera25さんのブログで紹介されていて久しぶりに聴きました。その時はうかつにも忘れていたのですが、91年にクラプトン自身の4歳半になる愛息が高層マンションから転落死するという悲劇があって、そのコナーくんを偲んで作った名曲です。

この曲を聴きながら、亡くなったすべての子どもたちがいつの日か天国で両親と再会できること。そしてこれ以上一人たりとも子どもの犠牲が増えないことを祈ります。

ガザ地区攻撃に抗議する署名サイトをあげておきます。ぜひお願いします。

こちらはavaazという国際組織で、世界中から40万人近くの署名が集まっています。当初の目標は越えて50万人を集めたいと書いてあります。英文サイトですが名前とメルアドで簡単に署名できます。
http://www.avaaz.org/en/gaza_time_for_peace/?cl=161793181&v=2606

アムネスティからエフド・バラク イスラエル国防相あてとトニー・ブレア中東和平特使あてです。
http://www.amnesty.or.jp/modules/bmsurvey/survey.php?name=webaction02_IOP_Israel

http://www.amnesty.or.jp/modules/bmsurvey/survey.php?name=webaction02_IOP_Qualtet

日本のNPO共同署名です。
http://www.shomei.tv/project-433.html
並んでいる署名案件には違和感を感じるものもありますが、ガザへの署名はどんどん増えてきています。

日本国際ボランティアセンターでは募金も集めています。
https://gt205.secure.ne.jp/~gt205119/form_creditbokin11.html" target="_blank">https://gt205.secure.ne.jp/~gt205119/form_creditbokin11.html
(私はお正月に少額募金し、お返事をいただきました)。

そして、こういう時こそ日本には独自の立場から和平に向けての外交を展開してほしいのですが・・・やはり無理でしょうか。



きのくにってこんなところです(教育学者滝口さんの著書より) [きのくには楽しい]

お正月休みを利用して、「個性教育の創造」という本を読みました。著者は教育学者で大阪経済大学名誉教授の滝内大三さんです。滝内さんはきのくにの堀真一郎さんの良き理解者であり、昨年11月の「きのくに教育研究所 教育シンポジウム」ではディスカッションの進行役を務められました。

この本はシンポジウムの会場で購入したもので(ちょっと値引きありました☆ラッキー)「個性教育」の歴史や変遷についてまとめたものです。ほとんどは19世紀以降の実践について述べていますが、日本では山上憶良の「銀も金も玉も何せむにまされる宝子に及かめやも」の歌や井原西鶴の「世間胸算用」に触れたり、なかなかユニークです。

人権としての「個性教育」はルソーの教育思想にルーツをもつようですが、そのルソーは「普通の精神を持つ、(有色人種ではなく)フランス人の、金持ちで健康な男の子」を想定していたため、女性たちが厳しく批判し、なかには処刑された女性もいたなど、知っていそうで知らなかった話もたくさんありました。

出てくる人や考え方をパラパラと拾い上げてみると、ヘルベルト派、アボッツホルム新学校、ドモラン、谷本富、ジョン・デューイ(←きのくにが大いに参考にした教育者の一人です)、長谷川乙彦、樋口勘次郎、ベアトリス・エンソアと新教育連盟、ニイル(←堀さんが共鳴したイギリス・サマーヒル校長です)、野口援太郎と野村芳兵衛の「池袋児童の村」、鈴木三重吉から始まる「生活綴方運動」、ソーンダイク、ターマンなどの「教育測定運動」、ピアジェ、キャロル・モデル、ジョン・エッケンウッド(←いまきのくにが所有しているイギリスのキルクハニティ・ハウス・スクールの創始者です)など、ずらっと登場します。

読んでいて、戦前の「池袋児童の村」などいまの時代としてもなかなか斬新な実践です。「文化単位学習」「生活単位学習」にわかれ、生活単位学習は「遠足」「運動会」「見学」「体験」「鑑賞」「演奏」などさまざまなイベントを子どもたち主導でしています。「文化単位学習」も能動的な「観察」を重視し、全体に自治も発達していたなど、進歩的です。ただ、家族主義の学校共同体という性格が、戦争が激しくなると「天皇を中心とした家族的共同体」という考え方に利用されてしまったようで残念です。ブレない座標軸を持ち、それを貫くことの大切さと難しさを実感します。

さて、これらを詳しく解説することは私の力の到底及ぶところではありませんし、今日書きたいことでもありません。本題はやはりきのくについてです。この本は186ページほどあるのですが、こうした教育の流れを受けて最後の17ページがきのくにの実践についての記述で占められています(バランスとしてかなりのページ数を割いています)。

滝内さんはきのくに子どもの村学園の研究も兼ねて、執筆に先立つ1年間、きのくに子どもの村中学校で社会科を教えていたそうです。きのくにをよく知り、内からも外からもきのくにを眺める視点を持っている数少ない研究者です。きのくににおける教育評価の項で滝内さんは書いています。「「きのくに」のような「総合活動」を中心にしている学校では、とくに最後の評価が有効であるようにも思われる。ただし、その評価を引き受けられる人物は、多くはいないだろう。なぜなら、第三者でありながら教育活動の最初から最後までをトータルに知りうる人物は、ほとんどいないからである」。そう書いている滝内さん自身が「第三者でありながらきのくにの教育活動を(すべてではなくても)深く知っている人物」のように思います。

基本的には堀さんと考え方が近く、きのくにを見るまなざしはもっぱら温かく肯定的なのですが、外から見た疑問や提言も随所に入っており、私にはとても参考になりました。「個性教育」の流れのなかできのくにがどのあたりの位置にいるかについても発見がありました。

きのくにについて予備知識や興味のない読者にはわかりづらい内容になりそうですが、滝内さんの著書からポイントをまとめてみます。うまくできるかどうか不安で、全部読んでもらった方がわかりやすいかもしれませんが・・・(笑)。なお、この本は10年前の1998年発行なので、基本的な方向は不変ですが、それ以降きのくにが変わっている部分はあると思います。

・きのくに子どもの村学園は分類すれば、感情中心型の個性教育をしている学校になる。「知性よりも感情を」をスローガンに感情中心の教育を行ってきたのは、ニイルのサマーヒル・スクールだった。そのニイルに共鳴して日本に設立されたのがきのくに子どもの村学園である。
*[小学校は1992年、中学校は1994年、高等専修学校は1998年開校です。同じコンセプトで福井県の勝山(堀さんの出身地)にもかつやま子どもの村学園があります。かつやまは小学校と中学校を持っています。そして今年には山梨県にも子どもの村学園が開園予定です。]

・いわゆる「フリー・スクール」ではなく、正式に学校法人の認可を受けた学校としては、日本で一番自由な教育をしている学校であろう。
*[その後、教育特区などにより「自由学校」は各地に少しずつできてきています。でも学習指導要領の改訂などでどうなるのでしょうか。きのくにも含めて少しだけ不安です。]

・ここでいう「自由」とは、子どもたちが自分自身でいられる自由があるということである。これを堀は「自己決定」と呼んでいる。自分の生き方が自分で決定できれば、これほど楽しいことはないだろう。だから堀は「楽しい学校」をモットーにしている。心の底から「学校は楽しい」と子どもたちがいえるような学校は、ほんとうに自由な学校だ。だから堀は子どもたちの「感情の自由」を一番大切にしたいという。
*[これは目からウロコでした。堀さんの著書で感情の自由は強調されていますが、知性の自由、人間関係の自由も並列されていて、感情の自由をそこまで意識していませんでした。「きのくに」へ行くといつも心が解放されほっとした感じを受けるのですが、その秘密はこのあたりにありそうです。]

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