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日本の貧困と所得再分配について(志村建世さんのブログへのコメントを再掲します) [福祉国家へ]

うちの子は早々と9月にかかっていたのですが、学校にもとうとう新型インフルエンザの波が押し寄せてきてきました。先週は小学校と中学校が1週間休校でした。全国的に行われている学級閉鎖や休校措置がインフルエンザ阻止にどれだけ効果があるのか私にはわかりませんが(流行の波のピークを低くすることはできると思います)、うちの子の学校では寮で子どもたちがとても「濃厚に接触」します。長期滞在の子のなかでもインフルエンザが出たということなので、授業を続ければ感染が広がったことは確かだったと思います。

そういうわけで、またまた親子で過ごす楽しい週だったのですが、なにぶん子どもは元気いっぱいで遊び相手を常に求める1年生!親はけっこう(とても??)疲れました〜。スライム(洗濯のりでできている粘土みたいな遊び道具)を材料から作ったり、数百段以上ある神社?(観音さま)にミニ登山したり、広ーい公園でお弁当を食べて遊んだり・・・子どもに引っ張られて二度目の秋休みを満喫?していました。

落ち着いてPCに向かう時間もなく、またまたブログは放置状態だったのですが、子どもが帰ってくる前に志村建世さんのブログの記事「ドキュメント『高校中退』を読む」に、貧困について長文コメントを書かせていただいていました。私が最初に何気なく書いたコメントが意を尽くしておらず、志村さんにまでご迷惑をかけてはいけないと思ったからです。コメントを書くにあたって正確な数値を調べなくてはならず、自分自身勉強になったので、こちらのブログにも転載させていただきます。志村さん、ご了承ください。

コメント欄のため字数があまり取れず(それでも長文になりましたが)、しかも慌ただしく書いたため、枝葉のない幹だけのような素っ気ない文章ですが、少しだけ改変して載せておきます。

〜〜〜
政権が変わり、相対貧困率という言葉がようやくマスコミにも登場するようになりました。所得が勤労国民の所得の中央値(07年は年間228万円)の半分(114万円)以下である人の割合で、日本では年々増加してきていますが、直近の07年には15.7%になりました。これはOECD加盟国中ではメキシコ(18.4%)、トルコ、アメリカ(17.1%)に次いで4番目に高い数値です。つまり、その社会のなかで標準的な生活のできるギリギリの収入も得られないと考えられる人が6〜7人に1人に上っているということです。たいへんな格差社会になっています。ちなみに低い方はデンマーク(5.3%)、スウェーデン(5.3%)などです。
*後記:厚労省発表の資料によれば、相対貧困率の定義として「世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得(等価可処分所得)の中央値の半分に満たない世帯員の割合」とされています。ちなみにOECDで上から見ると27位です。

このなかで最も深刻なのが母子家庭です。日本の母子家庭の母は84.5%が働いているにもかかわらず(先進国中でも高い就労率です)、年間就労収入は171万円と低額で手当や年金などを含めても年収わずか213万円です。母子家庭の子どもでは貧困率は66%に上るそうです。母親は時給750円や800円という仕事を長時間かけもちせざるを得ず、親子が接したり学力に関心を持つ時間はなくなります。その結果、中学や高校でも「小学校の九九から覚えてきていない子がいる。以前なら考えられないことだ」(教員の方の言葉)というような事態が起こっています。母子家庭に限らず、いわゆるワーキングプア層も含めて年収200万円以下の人は1000万人にのぼっています。

その解決法は一つではなく多面的に考えなくてはならないと思いますが、とても重要なのが所得の再分配機能です。税や社会保障を通じて高所得者層から低所得者層へと所得を移転する機能で、これはどこの資本主義社会でも富の不平等是正策として行われていることです。日本はこの所得再分配機能が先進国中でもたいへん低いことが知られています。例えば「ドイツでは再分配により低所得層の所得と平均所得の格差は20.5%も縮小したが、日本では、米国の5.4%より小幅の2.0%の改善にとどまった」というデータもあります。さらに、低所得層では所得区分によっては税や諸経費による支出の方が大きく、再分配後の格差が逆に広がったという統計もあります。

こうした問題点の一つとして、やはり雇用形態による賃金格差が大きすぎることが挙げられます。仕事による心身の負担度や専門的技能の必要性などによって賃金に差が出るのはもちろんですが、現状ではそれが合理的な範囲を超えて広がってしまっていると考えます。「名ばかり管理職」などで知られましたが、実質的に正規雇用者と同じ仕事をして責任を負っているにもかかわらず、雇用形態が非正規であるがために賃金が大きく異なり、労働条件、雇用の継続などについても大きな不利を被っている方々がいます。またマスコミではほとんど報じられてはいませんが、日本では大企業および年収2000万円を超える高所得層に対する「累進税率の理念に従った実効負担率」が諸外国に比べてかなり低くなっています。その税体系を改めて所得の再分配機能を正常化し、さらに「普通に仕事をすれば普通の生活が送れる」だけの最低賃金の上昇、同一価値労働・同一賃金の実現を図ることが、格差・貧困問題の解消に必要だと思います。

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その後の、志村建世さんの記事にある通り、新政権になっても増収策(消費税アップではなく・・・これは最終段階だと思います)が打ち出されないことに、私もたいへん疑問を感じています。ムダの排除や埋蔵金?の活用だけでは新しい社会システムの構築は不可能だと考えるからです。安全保障と税制変更・・・この二つの問題について私は新政権の動向にたいへん不安を覚えています。



消費税について自治体の首長へのメール [福祉国家へ]

私の住む自治体の首長は、市民派というか超党派のカラーを強く出して当選した方です。ムダな公共事業の中止を決定したりして、その点では評価していたのですが、保守会派にも「心配り」をした議会運営に一抹の不安も覚えています。

ところが、昨日の地方紙のネット版で「財源確保や消費税がタブーでよいのか」として、消費税率の引き上げをマニフェストに明言した政党を支持すると発言したとあり、たいへん驚きました。私はいくつもの条件をクリアしたあとの消費税率アップには必ずしも反対ではないのですが、いまのマスコミの論調のように「始めに消費税アップありき」の単純論法?には大反対です。

消費税関連の記事では大脇道場さんや村野瀬玲奈さんのブログに共感を覚え、また勉強させてもらっています。そこで、「個人行動派」の私としては放ってはおけないと、あわてて首長にメールを送りました。先方の字数制限が厳しく半分以下に削らなくてはならず、意を尽くしていませんが以下のような文章です。

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無党派でKさんに投票しました。新聞で消費税増税についてのご意見を読んで驚きました。

税体系を考えて国民、特に所得が低くて生活が苦しい人たちのためになるような制度を設計するべきだと思います。遺産相続した株を処分しましたが、株式譲渡益については「わずか」10%の課税の上、分離課税という恵まれた制度が適用されていることを知りました(ブログ注:親族がバブル後期に買った株がほとんどで、私は大赤字で売りましたので、税金払っていません)。法人税は下がる一方で、世界的にみても決して高くないと聞きます。所得税の最高税率も以前のように戻したらいかがでしょうか。

欧米では消費税が高率で・・・という議論は聞き飽きました。ほとんどの国で生活必需品は非課税にしたり、三段階くらいの税率を定めています。そういう配慮もなく、逆進性の強い消費税「のみ」を増税のターゲットにすることには納得ができません。税体系全体に踏み込んだ意見をおっしゃらない限り、残念ながら次回選挙で支持することはできません。

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最後の文、ちょっとこわかったでしょうか。ともかく、国民全体のなかに、「これだけ国が赤字なのだから、消費税があがってもしゃあないなあ」というムードが作り出されていっているようで、おそろしいです。




定額給付金の申請に同封して [福祉国家へ]

もう一カ月以上前のことになりますが、定額給付金の給付申請をしました。「なんちゅう政策やねん」と憤慨しながらも、「でも私が辞退したって、納得のいく使い道をしてくれるわけでもなさそうだし・・・」と考えて受け取ることにしました。

でも思うところは一言言いたい!本当は中央政府や与党に直接言うべきで、地方は決められた通り事務作業をしているに過ぎないとは思いましたが、取りあえず申請書に手紙を同封しました。地方公務員の友人がいますが視野が広く良心的にものを考えています。仕事で接する地方公務員の方々でも、世間一般が抱く典型的な公務員のイメージ通りの人も見受けられますが、その専門知識によって一般市民よりもずっと的確に問題点を把握している人も確実に存在するので、「一市民の声」を届けることは微々たるものですが無意味ではない(かもしれない)と考えました。

次のような手紙を同封しました。

〜〜〜
このたびはお手数をかけます。
定額給付金の申請をさせていただきます。
しかし、政策として考えた場合、決して賛成はしておりません。

・ 最も困っている分野や人に集中的に配分されるものではありません。
日本の教育や医療への予算は先進国でも最低レベルにあります。母子家庭では貧困のために高校や大学への進学をあきらめる人もいます。またいわゆる派遣切りでその日の生活にも困っている人がいます。一律に給付するのではなく、そういう分野に重点的に予算をつけるべきだと思います。

・ 一回限りの給付でシステムをかえるものではありません。
上述のように、日本の教育、医療、福祉は財源不足のため現場はあえいでいます。一つでもいいのでシステムを変えて、先々まで国民が幸せになれる政策を選択するべきでしょう。一回だけ、しかも諸外国と比べて金額も少ない給付金という方法は非常に姑息だと思います。

いただいた給付金は、少ない補助金で頑張っている団体に寄付する予定です。

日本の所得再配分効果は先進国で最低レベルです。
どうか地方から政治の流れを変える動きを起こしてください。
お忙しいところ失礼しました。

〜〜〜

このクレームにもかかわらずそれから一カ月くらいして給付金は無事振り込まれました(当たり前か?)。shiraさんのブログのコメント欄にも書かせていただいたのですが、当初からの夫の発案で、夫婦の分はきのくに子どもの村学園に寄付しました。小規模な私立学校なので、「経営は健全」だそうですが「非常に余裕がある」とも言えないようです。何よりも公立よりは(たぶんだいぶ)少額の給料で頑張ってくださっているスタッフの方々には感謝してやみません。

それはさておき、きのくにについての思い入れは私がずっと先行していたのですが、昨年のサマースクールあたりから夫がグングン追い上げ、とうとう寄付まで言い出してくれました。嬉しいです。このまま家族三人、楽しい学園生活を送りたいものです(親も入学した気になっていますので(^^;))。





奨学金の返還滞納の件について [福祉国家へ]

借りた奨学金の返還を滞納しているケースが増えていることが最近話題になっています。今日のネット記事には、「奨学金を出している日本学生支援機構は、増加する滞納に歯止めをかけるため、金融機関でつくる個人信用情報機関に年内に加盟し、滞納者情報を通報する制度を導入する方針を固めたことがわかった」というニュースがありました。

この件について、私のなかでは以前からモヤモヤするものがあり、それが何なのか今日は少し考えてみました。相変わらず心身の余裕がないので、考察や論証が浅くなりそうですが、心のひっかかりを書いておきたく記事にします。

奨学金についてですが、私は借りたことがありません。実家は特に裕福ではありませんでしたが学費に困るほどではなく、私自身若い頃は金銭問題に疎いぼんやりした性格だったため、借りることも思いつきませんでした。一方、夫も貧しくはない家庭の出身ですが、兄弟の年齢が近く教育費のかかる時期が重なったためか、借りています。そしていまも年1回の返済を続けています。

私がもし借りていたとしたら生活に困らない限り決められたとおり返還すると思いますし、いまもし夫が「もう返すの、やめようかな」と言い出したら、「返せるんだからちゃんと返したら〜?」と意見するでしょう。

しかし、上述のニュースを見たとき、そしてYahooのアンケートで9割の人が今回の日本学生機構の措置は正しいとして、「借りたものは返すのが常識」という異口同音のコメントがずらっと並んでいるのを目にしたとき、何だか薄ら寒いものを感じてしまいました。

まず当事者である夫の意見を聴くと、「(失業やワーキングプアで)返せないときには猶予や免除の制度もあるのだから、返せる能力のある人はやはり返すべき」とのことです。それは確かにきわめて常識的な意見なのですが・・・。

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緊急論考「小さな政府」が亡ぼす日本の医療(第8回=最終回) [福祉国家へ]

4月30日の記事で取り上げた、医師兼作家(ボストン在住)の李啓充さんが、「週刊 医学界新聞」に寄せた緊急論考「小さな政府が亡ぼす日本の医療の続きである第8回(最終回)が手元に届きました。前回同様、現在の医療の混乱は小さな政府路線からくる必然的なものであるとして、方針転換を提言しています。いつもはこれほど生々しい政治的なテーマを取り上げず、冷静で穏やかな文章を書かれる李さんがいかに切実な危機感を感じているか、よく伝わってきます。以下に転載します。

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本シリーズをここまで読まれてきた方には、もう私の結論はおわかりだろうが、日本の医療を本当に持続可能なものとしたいのであれば、百害あって一利もない「小さな政府」路線と訣別する以外に道はないのである。

応益負担でなく、応能負担を
これまで何度も述べてきたように、西欧諸国の実例を見る限り、「大きな政府」にしたからといって、自動的に国民の負担が重くなるわけではない。国民の負担を重くせずに「大きな政府」を運営する秘訣は「応能負担」の原則を徹底することにあるのだが、「持てる者・余裕のある者が社会のために多くを負担する」という、ごく当たり前の原則に徹しさえすれば、平均的国民が重税に喘ぐことなく、財源を手当てすることが可能となる。(註1→本文の下へ)

しかし、非常に情けないことにいまの日本では、「自己責任(=応益負担)」ばかりが声高に唱えられ、「余裕のある方に相応の負担をしていただく」という、応能負担のやり方があることがすっかり忘れられてしまっている。しかも、ただ忘れられているだけでなく、「相応の負担」を拒否する人々に政策決定の権限を与え(まいコメント:経済財政諮問会議など、その最たるものではないでしょうか。国民の信任を受けたわけでもない、一部の利益を代表する人たちを首相が任命して重要な政策決定の場に登用することは、明らかに間違っていると思います)、「(自分たちが相応の負担をしなくても)持続可能な社会保障制度」を構築することを許してきたのだから、国民が「幸福」と感じることができない国になってしまったのも当然だろう。


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週刊 医学界新聞の連載から [福祉国家へ]

医学書院という出版社から「週刊 医学新聞」という出版物が出ています。この出版社は名前の通り、医学書を中心に発行する会社で、政治色はまずありません。「週刊 医学界新聞」も読者対象は医療従事者で、どこでどういう医学会があったとか、どういう新技術が開発されたとかいう話題が主です。私は時々目にする程度なのですが、政治的な論評が載っているのは記憶にありません。

そのなかに李啓充さんという医師で作家(在ボストン)の方が書いている「続 アメリカ医療の光と影」というコラムがあります。今回で126回目という長く続いているもので、これまでアメリカの尊厳死問題や中絶の賛否について読んだことがありました。しばらくこの新聞そのものを見ていなかったのですが、先日目にしたコラムのタイトルに驚きました。「緊急論考「小さな政府」が亡ぼす日本の医療・7」でした。1〜6まで読んでいませんので、流れが十分につかめていませんが、今回、共感するところが多かったので紹介します。

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前回、「小さな政府」路線が、1.経済成長を実現しなかっただけでなく、2.先進国中で最悪グループに属する富の偏在をもたらしてきた事実を示したが、こういった「失敗」の厳然たる証拠があるにもかかわらず、政府も財界も、「小さな政府」が失敗しているとは考えていない。それどころか、小泉政権以降の「改革」は着実に成果を上げてきたのだから「小さな政府」路線はますます強化されなければならない、と主張している。

「財界一人勝ち」のカラクリとは
 彼らが、失敗の証拠にもかかわらず、なぜ、「小さな政府」と「改革」に固執し続けるのか、その理由を図(まい注:今回は省略します。写真で撮ってあとで載せるかもしれません)にまとめたが、小泉政権発足以来、企業の(税引き後)純利益が凄まじい勢いで増加し続けていることがおわかりいただけるだろうか?ここ10年間の日本の経済成長率がOECD加盟国中最低であることは前回も述べたとおりだが、国全体の経済という「パイ」の大きさはさほど変わっていないのに、財界は、自分たちの取り分だけは着実に増やし続けてきたのである。

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日本とスウェーデンに見るシングルマザーの生活例 [福祉国家へ]

ブログ更新お休み中のつもりなのですが、そういう時に限って、卒業式関連、学習指導要領、映画「靖国」問題など、書きたいことがたまってきます。が、いったんそれらは保留して、今回は最近の悲しい事件について、どうしても考えてみたくなりました。みなさんご存知だと思いますが、小学4年生の男の子がお母さんに殺害された事件です。本当に痛ましいです。うつ状態など精神的な要素もあったかもしれませんが、根っこにあるのは貧困問題のようです。

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青森・八戸の小4絞殺事件、母「収入なく将来不安」
4月3日3時11分配信 読売新聞

 青森県八戸市で1日、同市立美保野小4年西山拓海君(9)が自宅で絞殺された事件で、殺人容疑で逮捕された母親の無職未紀容疑者(30)が、八戸署の調べに対し、「収入がなく、将来が不安になってやった」などと供述していることがわかった。

 県警関係者によると、未紀容疑者は約5年前に離婚し、両親の住む同市の実家に拓海君と移り住み、4人で暮らしていた。未紀容疑者は定職に就いておらず、将来の生活について悩んでいたといい、「誰にも相談できなかった」と話しているという。

 拓海君が通う市立美保野小の児童数は、今春の新入生4人を含めて8人。近所の60歳代の女性は「同世代が少ないので、困ったことがあっても相談できる人がいなかったのかもしれない」と話した。同署は2日、拓海君の司法解剖の結果、首を絞められたことによる窒息死だったと発表した。

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この記事を見てすぐに、スウェーデンのシングルマザーの経済状況についての取材記事を思い出しました。それは週刊東洋経済という雑誌の今年1月12日号「北欧はここまでやる 格差なき成長は可能だ!」という特集にありました。もちろん、上の日本の記事と単純に比較はできませんが、北欧諸国ではいったん社会に出て、その後に大学院や職業専門校でさらに勉強するというのはわりとよくあるケースで、日本でも次の記事のようなサポートシステムがあったら、こんな痛ましい事件は起こらなかったのかもしれません。

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引用してみます。1クローナは約17円です。

<このシステムがあるから1人で子育てできる>
 イェンニュ・アスクさん(38)は、大学の博士課程で民俗学の研究をしている。スウェーデンでは博士課程の履修生でも、学部教育などの業務に携わる必要があり、被雇用者として大学から給料を受け取っている。アスクさんの月収は約2.1万クローナ。税引き後、手元に残るのは1万5700クローナ(26.7万円)だ。
 実は、アスクさんは現在、1人で3人の子どもを養っている。1年半前に夫と離婚、ストックホルム中心部から地下鉄で10分ほど行った駅にある賃貸アパートに引っ越してきた。家賃は3900クローナ。食費など、家族4人の生活費は、元夫と折半している子ども関係の出費を除いても、合計1.4万クローナを超える。

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フィンランドの多様な子育て保障の成り立ちについて [福祉国家へ]

ちょっと前の記事で「フィンランド子育て保育」という本を取り上げました。そのなかに、フィンランドの子ども関連の社会保障についてかなり詳しく書いてありました。よく読んでみると、社会保障政策と政権の関係について、興味深いことに気づきましたので取り上げてみます。

今回の本論は、1歳以降の多元的な社会保障についてですが、その前に、妊娠中から1歳ころまでの保障についても簡単に挙げておきます。次のようなものがあります
・母親手当(妊娠中)
・母親休業手当
・父親休業手当
・両親休業手当
・父親月間(父親専用の休業)
・児童手当
ネウボラ(相談所)サービス:これは妊娠中から子どもの就学後まで一貫してデータを保存し、子どもの心と身体の健康を丁寧にフォローするもので、「こういうシステムがあれば育児不安がずいぶん少なくなるだろうなあ」と本当にうらやましいです。

日本でもある程度取り入れているものも多いのですが、フィンランドではいずれも日本よりずっと手厚くて、さすが福祉大国と感心しました。また、折に触れて詳しく紹介したいと思います。

さて1歳以降の社会保障について、図を載せようと思ったのですが、サイズの調整がうまくできず、取りあえず文章にします。

簡単に書くとフィンランドで1歳以降の育児方法としては、3つの大きな選択肢として、自治体保育サービス、民間保育サービス、保護者自身での育児があり、それぞれ十分に保障されています。なかでも日本にないユニークなものは、保護者自身が育児する場合、3歳まで在宅育児手当が出ることでしょう。基本手当は月額294.28ユーロだそうで、いまのレートでは日本円で4万8000円くらいでしょうか。これに児童手当も並行して受け取れます。児童手当は、第一子で約1万6400円、第二子約1万8100円、第三子約2万1500円・・・と子どもが増えるにしたがって2000〜3000円ずつ上がっていきます。

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救急医療の危機 [福祉国家へ]

あってはならないことが起こってしまいました。以前から、日本の救急医療は綱渡り状態だったと思います。救急指定病院でも常勤医では手が回らず、大学や他の病院から非常勤医を雇って、夜間救急のみ診療を任せる病院も多かったです(その病院に不慣れなので、医療の質は落ちる危険性があります)。医師の負担が重くなりすぎて、今回のように受け入れを断ったという話もしばしば聞きました。常勤医が頑張って当直している病院では、翌日も疲れた身体で通常勤務をしなくてはならず、潜在的に医療ミスの危険がつきまといます。当直医がそのまま、夜間に受けた急患の主治医になるシステムの病院も多く、その場合は何日も帰宅できない日が続いたりします。

そういうなかで、表沙汰にならない医療ミス・・・厳密に言えば医療ミスまではいかなくても、医師が疲労していない時であったらできていたことが、うまくできないことは、かなりあったようです。医師を始めとする医療スタッフの義務感、使命感で何とかやってきた状態でした。でも、それももう限界のようです。1時間も搬送先が決まらなかったなど、まさに非常事態です。産科、小児科の危機は広く知られるようになりましたが、それに比べて認知度がいま一歩である救急医療の危機はもっと叫ばれるべきです。

報道で知っている方が多いと思いますが、掲載します。
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<救急搬送拒否>交通事故の79歳女性死亡 福島 11月14日20時35分配信 毎日新聞

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特定医療費から教育まで考えてしまいました [福祉国家へ]

さて、いろいろと書きたいことやみなさんからの有難い(本当です!)リクエスト(教育についてもっと考察してほしいなど)もあるのですが、久しぶりに大病院に触れてみて、改めて「これってどうなのかな?」と思ったことがあったので、気持ちが乗っているうちに書いておきたいと思います。

2点あるのですが、いずれも新しいシステムではなく、もう10年以上前から導入されていてほとんどの方がご存知で実際に経験された方も多いと思います。しかし、一患者として受診すると、やはり納得できないものが残るのでここに挙げておきます。

さらに、この問題そのものは比較的「小さなこと」なのですが、そのころからドンドンと医療費削減策が露骨になってきて(医療費を適正にするということには反対ではありません。ただし、それには日本の医療内容の分析、患者さんの総合的ニーズ、諸外国との比較などたくさんの「科学的な」思考が必要だと思っています。そして、私は日本の医療費の額は「多くはない」という立場に立っています)、その初期のあたりの政策なので、私のなかで印象に残っているということもあります。

1.初診時特定療養費
病院からもらったパンフレットから載せてみます。「前回の受診から3カ月以上経過されており、初診扱い(医師の判断による)となる患者さまで、他の医療機関からの紹介状をお持ちにならずに来院された場合は特定療養費(紹介状なし加算)を実費負担(2625円)していただく場合があります」。

つまり、他院(主に診療所レベルを想定)を経由して紹介状をもらわず、自己判断で受診した場合、一定額の自己負担を要するというものです。これは表向き病院の機能分化、奥の本音としては一連の自己負担増加・医療費抑制策の一貫としてもう10年以上前(いま調べると94年の医療法改正)から導入されたものですが、やはり合理性に欠ける面があると思います。

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