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きのくにってこんなところです(教育学者滝口さんの著書より) [きのくには楽しい]

お正月休みを利用して、「個性教育の創造」という本を読みました。著者は教育学者で大阪経済大学名誉教授の滝内大三さんです。滝内さんはきのくにの堀真一郎さんの良き理解者であり、昨年11月の「きのくに教育研究所 教育シンポジウム」ではディスカッションの進行役を務められました。

この本はシンポジウムの会場で購入したもので(ちょっと値引きありました☆ラッキー)「個性教育」の歴史や変遷についてまとめたものです。ほとんどは19世紀以降の実践について述べていますが、日本では山上憶良の「銀も金も玉も何せむにまされる宝子に及かめやも」の歌や井原西鶴の「世間胸算用」に触れたり、なかなかユニークです。

人権としての「個性教育」はルソーの教育思想にルーツをもつようですが、そのルソーは「普通の精神を持つ、(有色人種ではなく)フランス人の、金持ちで健康な男の子」を想定していたため、女性たちが厳しく批判し、なかには処刑された女性もいたなど、知っていそうで知らなかった話もたくさんありました。

出てくる人や考え方をパラパラと拾い上げてみると、ヘルベルト派、アボッツホルム新学校、ドモラン、谷本富、ジョン・デューイ(←きのくにが大いに参考にした教育者の一人です)、長谷川乙彦、樋口勘次郎、ベアトリス・エンソアと新教育連盟、ニイル(←堀さんが共鳴したイギリス・サマーヒル校長です)、野口援太郎と野村芳兵衛の「池袋児童の村」、鈴木三重吉から始まる「生活綴方運動」、ソーンダイク、ターマンなどの「教育測定運動」、ピアジェ、キャロル・モデル、ジョン・エッケンウッド(←いまきのくにが所有しているイギリスのキルクハニティ・ハウス・スクールの創始者です)など、ずらっと登場します。

読んでいて、戦前の「池袋児童の村」などいまの時代としてもなかなか斬新な実践です。「文化単位学習」「生活単位学習」にわかれ、生活単位学習は「遠足」「運動会」「見学」「体験」「鑑賞」「演奏」などさまざまなイベントを子どもたち主導でしています。「文化単位学習」も能動的な「観察」を重視し、全体に自治も発達していたなど、進歩的です。ただ、家族主義の学校共同体という性格が、戦争が激しくなると「天皇を中心とした家族的共同体」という考え方に利用されてしまったようで残念です。ブレない座標軸を持ち、それを貫くことの大切さと難しさを実感します。

さて、これらを詳しく解説することは私の力の到底及ぶところではありませんし、今日書きたいことでもありません。本題はやはりきのくについてです。この本は186ページほどあるのですが、こうした教育の流れを受けて最後の17ページがきのくにの実践についての記述で占められています(バランスとしてかなりのページ数を割いています)。

滝内さんはきのくに子どもの村学園の研究も兼ねて、執筆に先立つ1年間、きのくに子どもの村中学校で社会科を教えていたそうです。きのくにをよく知り、内からも外からもきのくにを眺める視点を持っている数少ない研究者です。きのくににおける教育評価の項で滝内さんは書いています。「「きのくに」のような「総合活動」を中心にしている学校では、とくに最後の評価が有効であるようにも思われる。ただし、その評価を引き受けられる人物は、多くはいないだろう。なぜなら、第三者でありながら教育活動の最初から最後までをトータルに知りうる人物は、ほとんどいないからである」。そう書いている滝内さん自身が「第三者でありながらきのくにの教育活動を(すべてではなくても)深く知っている人物」のように思います。

基本的には堀さんと考え方が近く、きのくにを見るまなざしはもっぱら温かく肯定的なのですが、外から見た疑問や提言も随所に入っており、私にはとても参考になりました。「個性教育」の流れのなかできのくにがどのあたりの位置にいるかについても発見がありました。

きのくにについて予備知識や興味のない読者にはわかりづらい内容になりそうですが、滝内さんの著書からポイントをまとめてみます。うまくできるかどうか不安で、全部読んでもらった方がわかりやすいかもしれませんが・・・(笑)。なお、この本は10年前の1998年発行なので、基本的な方向は不変ですが、それ以降きのくにが変わっている部分はあると思います。

・きのくに子どもの村学園は分類すれば、感情中心型の個性教育をしている学校になる。「知性よりも感情を」をスローガンに感情中心の教育を行ってきたのは、ニイルのサマーヒル・スクールだった。そのニイルに共鳴して日本に設立されたのがきのくに子どもの村学園である。
*[小学校は1992年、中学校は1994年、高等専修学校は1998年開校です。同じコンセプトで福井県の勝山(堀さんの出身地)にもかつやま子どもの村学園があります。かつやまは小学校と中学校を持っています。そして今年には山梨県にも子どもの村学園が開園予定です。]

・いわゆる「フリー・スクール」ではなく、正式に学校法人の認可を受けた学校としては、日本で一番自由な教育をしている学校であろう。
*[その後、教育特区などにより「自由学校」は各地に少しずつできてきています。でも学習指導要領の改訂などでどうなるのでしょうか。きのくにも含めて少しだけ不安です。]

・ここでいう「自由」とは、子どもたちが自分自身でいられる自由があるということである。これを堀は「自己決定」と呼んでいる。自分の生き方が自分で決定できれば、これほど楽しいことはないだろう。だから堀は「楽しい学校」をモットーにしている。心の底から「学校は楽しい」と子どもたちがいえるような学校は、ほんとうに自由な学校だ。だから堀は子どもたちの「感情の自由」を一番大切にしたいという。
*[これは目からウロコでした。堀さんの著書で感情の自由は強調されていますが、知性の自由、人間関係の自由も並列されていて、感情の自由をそこまで意識していませんでした。「きのくに」へ行くといつも心が解放されほっとした感じを受けるのですが、その秘密はこのあたりにありそうです。]

・堀はニイルに学んで、学校の「自治」ということも重視している。・・・個人だけの問題に留めずに、それを集団の討議にかけ、みんなの問題として考え抜くという姿勢は、家庭ではできない学校教育の重要な柱である。その点、堀の学校は「ミーティング」といわれる集会が多い。学校で配られる「おやつ」の包み紙を散らかすという子どもの行為も、たんに捨てた人に注意するというだけに留めずに、「ゴミ問題」として、みんなの問題にしている。そして、個人道徳としてではなく、どうしたらこの問題が解決できるかという視点に立って考えさせようとしている。・・・・集団生活のルールを子ども自ら考えていくということは、「自己決定」に不可欠の要素だろう。
*[子どもの体験入学の時、偶然、全校緊急ミーティングの冒頭部分に同席できました。時間になるといろいろなところから子どもたちが集まってきて、それぞれ好きなところに座ったり何かに腰掛けたり。中学生にダッコされている小学生もいたかな?議長ももちろん子どもで柔らかい雰囲気のなか会議が始まりました。この時のことについては、いつか書きたいと思いながら延び延びになっていますが、とにかく良い感じでした!]

「自治」はまた、より積極的に自らの学校文化を形成する役割も果たす。自治のない学校は、いかに立派な校舎や教室、整った設備・教具・教材、広い校庭、豊かな自然環境が用意されていても、子どもはしょせん、通り過ぎていく「お客さん」に過ぎない。・・・堀の学校では、生活場面のみならず学習場面においても、教師と子どもが数多くの話し合いを重ねながら、自らの暮らしと学びを豊かにしようとしている。
*[手元にある冊子によると、ミーティングで決まったことは本当に多岐にわたります。ある子どもが書いています。「全校集会で決まっていることは100以上あります。『自由な学校なのに、何でそんなにぎょうさん規則があるんや』という人がいます。自由な学校だから、よけい約束ができるんです。もっと一人ひとりが楽しく過ごす。そして、イヤなことをできるだけ少なくする」。
きまりの例を挙げてみます。
□おやつをあげたり、もらったりしない。こうかんはしてもよい。
□学校や寮へは家からおやつをもって来ない。
□昼ごはんのお代わりは12時45分から。1列に並ぶ。
□トイレのそうじは、したい人が当番になってする。トイレのそうじをする人は、特別におやつがもらえる←思わず笑顔になってしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
□いじめている人をみんなで注意する。その人が怖くても、大人に言う。←おおぜいの子どもが生活するのですから、いじめ(前段階であっても)はあり得るでしょうね。こういうふうに決まっているとひとまず安心ではないでしょうか。
なかには↓のようにきのくにらしいユニークな(でもこわい)ものもあります。
□ヘビにかまれたらすぐに大人に言う。

*[こういうのを見聞きしていると学校の「自治」の大切さを実感するとともに、「自治」のある学校に子どもが通ってほしいと熱望します。]

堀の学校では、年齢に関係なく、子どもたち一人ひとりに発言権があり、学習面でも生活面でも自己の意思を表明する機会がいつでも保障されている。どの子もかけがえのない個人として、自分の生き方を尊重しようという姿勢がある。ここにこそ、「人格としての個性」が花開く土壌があると言えよう。
*[素晴らしいと思います。何度か学校を訪問してこういう空気を感じたことが、子どもがきのくにに入ってほしいと願うようになった原点です。]

・堀がニイルの亜流でないのは、ニイルが軽視した「知性の自由」についても考慮しようとする点である。堀によれば、サマーヒルの授業はきわめてオーソドックスで、教師中心であったという。ニイルはそもそも教師中心の授業というものが嫌いだったから、授業への「出席の自由」を認めたのだという解釈もあるという。・・・・その欠点に気づいたスコットランドのエッケンヘッドは、ニイルの思想に学びながらも、それにプラスして、デューイの「なすことによって学ぶ」という考え方を導入し、自ら経営するキルクハニティ・ハウス・スクールにおいて、体験学習や総合学習を積極的に行ったという。
*[さていよいよ子どもの村名物プロジェクトの登場です。サマースクールでも体験入学でもこのプロジェクトをできるだけ実際に近いように味わえるようにしてあるそうです。うちの子が気に入ったこと!!そして子どもたちの生き生きした表情が印象的です。]

・堀もまた同様の視点に立って、無学年制の「プロジェクト」という学級を組織し、計画的な学習活動を推進している。小学校の場合、現在五つのプロジェクトが、それぞれテーマを持って組織され、1年ごとに子どもたちが選択できるようになっている(注:年によると思いますが今年度は四つのようです)。非常に大きな総合学習であり、小学校では教科という存在を許さないほどである。このプロジェクトの効果をあげるために、基礎学習として「ことば」と「かず」という時間が設定されている。
*[今年のきのくに小学校では「工務店」「ファーム」「劇団きのくに」「おもしろ料理店」です。子どもは体験入学で一通り経験しました。「工務店」では宝物を入れる木箱を作り、ファームの時間にはススキやドングリや落ち葉を使って模様を作り、料理店では炊き込みご飯と目玉焼きを作ったそうです。]

・その他では、「自由選択(フリー・チョイス)」というものがあり、「ダンス」や「英会話」「バード・ウォッチング」など課外活動的なものが多いが、正規の時間割のなかに入れられている。
*[チョイスもいまはさらに充実していて、ダンス、合奏、昔のあそび、ネイチャーゲーム、アトリエ、イギリス、科学クラブ、クッキング、ガラスの工作、スポーツクライミング、フットボール、野球、お菓子&パン、合唱、たいこ、えのぐあそび、英語などがあがっています。チョイスの人気もなかなかのもののようです。ある子は「チョイスはきのくにの大人だけじゃなくてダンス、合奏などの講師の人も来てくれて、いろいろなチョイスがえらべるようになっています。私は火曜日が好きです。チョイスがたくさんあって、たのしいからです。とくにたのしみにしているのはダンスです。私は、きのくにでプロジェクトとチョイスがいちばん好きです」と書いています。プロジェクト、チョイスともにうちの子はいったい何を選ぶのだろう。いまから私までわくわくしています。]

・生きる喜びを育てるのが教育だとしたら、まず「感情の自由」から入るべきだろう。感情的に自由になれば、潜在的な才能を伸ばすことはきわめて容易になる。
*[これはとても大事なところだとみています。私はきのくに入学を考える親のなかでも受験学力に対する不安がとても少ない方だったと思います。これはもう直感というか、のんきさというか、「勉強はしたい時から始めなさい」(五七五にまとめてみました(笑))というわけで、人間としてののびやかさを身につけて目標が見えてくればあとは努力次第と、ある意味割り切っています。そして私が漠然と思っていた「人間としてののびやかさ云々」についてきちんと言葉にすると、この文章になるように思います。

ちょっと長くなりますが、きのくにで聞いた話を書きます。サマースクールのあとの質疑応答の会だったのですが、小学校の副校長先生が担当でした。副校長先生といっても若くてとてもチャーミングな女性です。ご自分の子どもさんがきのくにの中学と高専に在学中だそうですが、以下は中学生のお子さんのことです。きのくにの教育の性格上、網羅性はやや低くなりやすいと思います。そういう話題になって先生も「確かに抜けはありますねー」とおっしゃいました。そして「うちの子の場合、漢字に興味がなかったのですよ」と。でも中学生になって修学旅行について調べ物をしようとする時、「漢字がわからないと不便だ!」と痛感したのだそうです。そこで彼は小学校で習うとされている漢字からすごい勢いで復習を始め、2〜3日間で資料を読んだりレポートを書いたりするのに不便がないくらいまで覚えてしまったということです。

いまの自分でいいんだという自己肯定感ややればできるという自信をきちんと身につけていれば、子どもの持つ底力にはすごいものがあると思います。小学校や中学校段階で勉強がわからず投げ出してしまう裏には「できないのではないか」という不安や「どうせ自分は・・・」という劣等感が大きいように感じます(学生時代の経験から)。そういう意味で納得できたお話でした。きのくにでの基礎学力の定着について不安を持っていた夫がいつのころからか口にしなくなった理由も、そのあたりにあるように推測しています。]

次は滝口さんがちょっと疑問を呈しています。
・「プロジェクト」と「基礎学習」あるいは中学校の「教科」との関係は、当然、相即不離になっていかねばならない。もちろん堀は、十分それを承知している。だから彼は、小学校においては、ほとんどすべての教科をプロジェクトに吸収し、A小学校のように、学年が上がるにつれて教科が分立していくカリキュラムを批判している。もしその立場を貫くのであれば、中学校の「教科」もプロジェクトに一本化してはどうだろうか。理想としてはその方向であるが、現段階においては、彼は時期尚早と考えているのかもしれない。

*[これは興味深いのですが、小学校に入る前の子を持つ保護者には難しい問題です。この本から10年たった現在でも中学校ではプロジェクトと教科が半々くらいです。中学生と言えば抽象的、理論的なことにも興味が高まるので理想的にはプロジェクトでしたことの抽象化、理論付けを教科というかたちでするのがいいのかなあ〜とも思いますが・・・。]

滝口さんもこのように言っています。
・私自身は、一体化の方向も興味深いが両者の関係はダイナミックに相互作用していくべきだと考えている。・・・現在の学問は、一方的に分化・専門化の方向に進みすぎている。その結果、知識全体が「匿名化」しており、それが教科の中に反映して、学力自体を匿名化させている。学力が人格化されていないために、誰のための学問か、なんのためにそれを学ぶかということが少しも明確にならない。学問が単なる「道具」に成り下がっている。その「道具」を人格化させていくためには「生活」がキーワードになるだろう。
*[なるほど〜。生活に立脚しながら学問的普遍性を維持していくような感じでしょうか?]

次はプロジェクトウラ話という感じで、現場を経験した方ならではの感想です。とても興味深かったです。
・1年間にわたる「きのくに子どもの村学園」での実践をとおしての私の観察では、プロジェクトが子どもたちの生活に食い込んでいればいるほど、子どもたちの感情が豊かになり、知性の自由に結合していくように思われた。
その場合は、当然「教科」や「基礎学習」も生き生きしてくる。そしてそれは「プロジェクト」の質とも深く関わっており、たとえば、きのくに子どもの村学園の目玉である「工務店」というプロジェクトは、子どもが学園から資金を借り入れて見学者用に「喫茶店」という建物を建て、それを子どもたち自信が運営しながら「かず」や「ことば」を学んだり、そこで出す「飲み物」のテーマ学習から地理や歴史につなげていけるようにしていた。物品の購入や売り上げ代金の計算を行い、コーヒー、紅茶の産地やその歴史を調べてまとめるのである。またお客と自分たちが使用する机や椅子、おもちゃの類を制作するなど、日常の用ということをたえず考えながら、プロジェクトに向かってメンバーの心が結ばれていくような作業が組まれていた。

ところが、同じ「衣食住」からテーマを立てても、趣味的に流れていくプロジェクトは、作業がバラバラになりやすく、のめり込む子とそうでない子の差が大きい。全体としても、いま一つ盛り上がりに欠け、感情の自由から知性の自由へとストレートにはつながっていかないように思われた。

*[きのくには開校してからある程度年月が経っていますので、そのあたりはかなり練られてきていると思いますが、体験学習ならではの難しさでしょうね。そういう経験や先生方の動機づけが不十分なところにゆとり教育でポンと「総合的な学習」を持ち込んでも成功例は多くなかっただろうなあと思います。ところで文中に出てきた見学者用の喫茶店、いまも繁盛しています。手作りカレーのおいしかったこと(当初はレトルトだったのが、いまは手作りだそうです)。子どもが4歳になるかどうかのころ、きのくにに1回目の見学に行ったのですが、ほとんど大人一人分を平らげ、何ヶ月経っても、そして今でも「カレーがおいしかった」と言っています♪]

・「きのくに」という学校の地域環境は過疎地の山村にあり、私立校であるにもかかわらず、地域をあげて学校を支えていこうとする意気込みが感じられる。学校側も、地域の人々との交流を大切にしており、それらが各プロジェクトの中に反映して、子どもたちの生活を豊かなものにしている。自然環境にも恵まれているから、季節感が明瞭に感じ取れ、それぞれの季節に応じた遊びや行事が生活化しやすい。
*[きのくにへ入学することを考えた時に、いま住んでいる地域との結び付きが弱くなることはとても残念でした。でも行った先のきのくにでは、ある意味で居住地よりも強く地域の方々との交流ができそうです。むかしの暮らしをインタビューに行ったり、和歌山の料理を教えていただいたり、地域の人が出向いて学校でいろいろ教えてくださることも多いようです。運動会でも地域の人が参加しておられました。いまは10数人しか住んでいない、高齢化した集落ですが、確かに区長さんを始め地区の人が学校を見る目はあたたかいと感じました。ありがたいことです。]

・とはいえ、もともとの山村育ちはごく少数であるから、見ているとなんとなく遠足気分のようなところがある。スクール・バスによる見学や旅行も盛りだくさんに用意されており、至れり尽くせりという感じだが、いわゆる「消費者」のような学習者にならないよう、さらに一層、プロジェクトとミーティングの質を高めていくことが求められることだろう。
*[確かに〜。どうこう言っても大阪周辺の子が多いですからね。やはりプロジェクトとミーティングですね。それがきのくにの柱です。柱がしっかりしていないと、すべてがうまく回らないのでしょう。遊びではなく遊び心も忘れない「生活」を実践していかなくてはなりませんね。]

あと、私があまり考えたことがなかった「教育評価」について何ページか書かれていて、それもたいへん興味深いのですが、今日は時間切れということでここまでにします。明日からまた普段の生活なのですが、翻訳がまだお正月休みなので、その間に何とか残りを書きたいものです。読みづらい記事で失礼しました。


2009-01-04 23:26  nice!(2)  コメント(18)  トラックバック(2) 

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kimera25

明けましておめでとうございます。
三重県の四日市から山の中に入ったところに
員弁というところがあり
ここで生活綴り方の延長からきた
「地域に根ざす教育」という実践が40年前に行われていました。
現在は締め付けが激しいのでどうなのかは分かりません。
日本の中にも実はいろいろな実践が
かつてはありました。
文部省の締め付けが厳しく
保守系議員のバカどものために
例えば長野の恵那の教育も優れた実践でしたが
どうなっているのか・・・。
もしいくらかそうした実践が残っているならば
総合の時間で引き継いでいるやもしれません。
・・・・学生時代につきあっていた人が教育学部だったので
いつも資料整理をさせられていた・・・
現在は私立でないと児童生徒のための教育は難しいでしょう。
それほど文科省の支配は公立をしばっています。
特色=売名だけです。
娘を見ていて学校の実情が本当によく分かりました。
教員が金太郎飴しか存在を許しませんので
子どもも金太郎飴しか出てきません。
残念な時代です。
だからこそ学校を考えるときです。
点数至上主義のバカ府知事とは逆の意味で。
:::これコメント返しいらないです。ごめんなさい!
by kimera25 (2009-01-05 00:48) 

ayu15

自由て不安だ。どうしていいかわからないという人少なくないようです。その中の少なくない人が道徳云々・秩序云々言ってます。これが正しいと制度や社会にきめてもらいそれに従ってるのが楽なようです。

(そういう人ばかりじゃないですけど)
自由てなにしてもいいでなく、自分自身でいられるというもも大きいかも。自己決定が必要でしょうね。



秩序云々できめられて枠に横並び一線ででること許さない雰囲気では育ちにくそうです。
そういう意味では「格差」がいるのでしょうか。

世界で一つだけの花を咲かせたいです。

by ayu15 (2009-01-05 14:23) 

mai

>kimera25さん
今年もよろしくお願いします。パレスチナ・イスラエル問題という暗いニュースで始まった年明けですが、この1年間で世界が少しでも良い方向にいくことを祈っています。

コメントに反してコメント返しさせてくださ〜い。ご迷惑なら削除します。長野の伊那小学校や愛知の緒川小学校の実践はきのくにも参考にしたとのことです。後退したかどうかはわかりませんが、いまも続いているそうです。

>文科省の支配は公立をしばっています。
特色=売名だけです。
娘を見ていて学校の実情が本当によく分かりました。
教員が金太郎飴しか存在を許しませんので
子どもも金太郎飴しか出てきません。

私も地元の学校公開にいったり知人の話を聞いたりして、「何となく窮屈だなあ」と感じています。本当は地元に密着した学校で教育を受けさせたかったのですが、残念ながら魅力を感じることができませんでした(きのくにが気に入ってしまったということもありますが)。

家庭と本人の意識が一番重要だとは思いますが、学校教育の行く末は案じられます。
by mai (2009-01-06 16:46) 

mai

>ayu15さん
コメントありがとうございます。今年もよろしくお願いします!
きのくにの子どもでも「自由だから簡単だと思っていたけれど、反対にとてもむつかしい」などというコメントはあります。

与えられた自由と仲良くできる人間でありたいですね。
格差ではなく個性というかたちで。

本当に「世界で一つだけの花」をみんなに咲かせてほしいです。



by mai (2009-01-06 21:17) 

tamara

maiさん、今年もよろしくお願いします。
きのくに子どもの村学園、本当に楽しみですね。

さて、教育における様々な問題分野についてあまりにたくさん書かれているので、何からコメントしようか迷っています。教育論は本当にむずかしいです。ある実践を言葉で説明したり規定することがとってもむずかしいのです。
「個性」という言葉一つとっても、万人の共通理解は簡単ではありませんし・・。
はっきり言えることは、教育には「子ども達に何をどう学ばせるか」を教員同士が十分に話し合って方向を出していくことが絶対に必要だということ、今の公立学校には教員が研修しお互いに意見を出しあってより良い学びの場を模索していく時間も余裕もまったく無い、ということです。
アプローチの仕方は異なっても、「子どものために」という視点が強く働いているとき、どんな学校も子どもは活き活きと学んでいけるように思います。
昔は子どもが小学校入学と言えば、みんなで祝うめでたいことでした。今は不安や心配の種になってしまった、と感じています。これは大変なことです。

by tamara (2009-01-06 22:10) 

mai

>tamaraさん
お正月早々、外勤が多くてお返事が遅くなって失礼しました。
たまにしか更新できないと思って、ついあれもこれもと詰め込みすぎてしまったようですね。

この著書でも冒頭の一章を「個性教育とはなにか」という定義?に当てています。いろいろ書いておられるなかで「個性の尊重」とは「人格の尊重」「基本的人権の尊重」というのが印象的でした。私の記事では長くなりすぎるので端折ってしまったので、よけいわかりにくくなりました。

育児論、教育論の本を何冊か読んでみますが、どちらもなかなか難しいですね。自然科学のように実験で一律の結果が出るものではありませんし、同じ方法を取ったとしても親子の個性、学校だったら家庭や社会の影響など他の介入因子が多すぎて、「こうだ」と言い切ることが難しいように感じます。ちょっと語弊がありますが、宗教と似たところがあるかもしれないと・・・。子どもの人格を尊重するという視点がベースにあれば、あとは各人が良いと感じた方法でやってみて、現実からフィードバックを得ながら調整するというところでしょうか??

tamaraさんも書いておられるように、アプローチや教材はきのくに流に限ることは全然ないと思います。子どもを尊重しようという姿勢が一番ではないでしょうか。

>今の公立学校には教員が研修しお互いに意見を出しあってより良い学びの場を模索していく時間も余裕もまったく無い、
いつも書いていますが、これは本当に困ったことですね。知人も書類の作成に追われているようです。



by mai (2009-01-09 13:04) 

mai

>shiraさん
こんな取っ散らかった記事にniceどうもありがとうございます。
by mai (2009-01-09 13:05) 

shira

 え〜コメントが遅れてすみません。きちんと読む時間がなかなか取れませんで。
 きのくに学園で実践されているのは、つまりは戦後に黎明して後に下火になった総合学習(今日の「総合的な学習」とは別物)なんですね。総合学習はきちんと機能すれば効果絶大です。人格や社会性だけでなく学力もつきます。ただ、運営はメチャクチャに手間がかかります。スタッフの方は本当に立派です。
 総合学習が下火になったのは政治的に潰されたからです。総合学習は教員の裁量に頼る部分が大きいので、教員の立場は必然的に強くなって(特に教職員組合)これが国としては非常にイヤなわけです。
 伊那というのは昔っから労働運動が盛んなところで、伊那小学校の実践が潰されることなく今日に至ったのはそういう土地柄によるところ大だと思います。
 この際だからバラしちゃうと、実は数年前まで伊那市に住んでて、長男と次男は伊那小学校に通ったんです。伊那小学校、実にいい学校でしたよ。学力面の不安を煽るヤカラもいますが、転校先の小学校で授業についてけないなんてことはなかったです。
 伊那小学校は市の中心部にあるかなり大きな小学校です。もちろん公立(市立)。ピーク時は1学年8クラスくらいあったそうで、現在でも1学年4〜5クラスあります。敷地校舎もかなり広大です(ボロいけど)。ここの運動会は地域の一大イベントで、べらぼうな数の客(保護者以外の人も来る)が見に来てえらい盛り上がりです。昔はみんな酒持参だったと地元の人に聞きました。席取りからして一大事で、朝6時の花火の合図とともによーいドンでダッシュして奪取するんですわ。
by shira (2009-01-10 17:07) 

mai

>shiraさん
shiraさん!年明け早々お忙しいところ、専門の立場から詳しく解説していただき、感謝感謝です。私の方もお返事が遅れてしまってごめなさい。勝手にウラ話をしますと、今年1本目の翻訳仕事が研究者でない私からみても「こんなのあえて論文にするかあ〜?」というつまらないもので(担当の編集さんにはぜーったい秘密です)、やる気にならず放っておいたら、そのツケで締め切り前なのに白紙状態になってしまい、このところ大あわてです。

さて、そーゆー話はどうでもよくて・・・。そうですか!「戦後に黎明して後に下火になった」総合学習だったのですね(また目からウロコです)。確か下火になりかけていたところに、1955年くらいの学習指導要領あたりから決定的に一斉授業形式が定着した(文部省がそうさせた)というのを読んだことがあります。先生方や教員組合との力関係があったのですね。

確かにきのくにの先生はたいへんなようです。「私にはこの学校では勤まらない」と辞職した先生もいたそうです。反対に、支援を受けている大手企業から出向していたけれど、「4人の先生が正式に学園に転籍した」というニュースもあり、たいへんだけど「はまる」先生には楽しいのでしょうか?

伊那小学校についての貴重な情報、どうもありがとうございます♪こういう生きた情報はなかなか得られるものではありません!ブログでのお付き合いならではの醍醐味でしょう。伊那小はやはりきのくにチックですね(というか伊那小が先輩ですね(^^;)。学校内にとどまらない運動会の盛り上がり方も似ています。

学力についても安心しました(もともとあまり心配していないノーテンキ親ですが)。


by mai (2009-01-15 17:36) 

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今日は よろしくお願いしますね^^すごいですね^^
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